業務日誌

2006/06/18 Sun 「水の入る前のダムに入る」

mixiの「社会科見学に行こう」コミュニティ経由で、「あそぶログ」主宰のレトルトさん引率により開催された山梨県・琴川ダム建設現場の見学会に参加してきました。施工途中でまだ水の入っていないダムのあちこちを見せてもらえるということで、非常に貴重な機会です。募集人数4名で告知から定員に達するまでがわずか2時間ほどだったのですが、たまたまその間にお知らせメールをチェックしていたので運良くすべり込むことができました。

琴川ダム

琴川ダム(クリックで拡大・以下同)

ダムへの最寄り駅は甲府駅から10kmほど東京寄りにある山梨市駅(JR中央線)です。「山梨市」という市があるのも初めて知りました。普通列車でのんびり行こうと思っていたのですがいつも通り順調に寝坊してしまったので900円払って特急あずさに乗り込みます。新幹線以外の特急列車に乗ったことはほとんどないので、特急というと旅のおもむきが妙に強く感じられます。

特急あずさ13号 特急あずさ車内

特急あずさ13号。あずさは特急にしてはプレミアム感があまりないデザインなのが残念です
機能面では、深さも調節できるシートや意外に解放感のある窓など申し分ないのですが

集合時刻のギリギリ3分前に無事到着。ほか3人の見学者と一緒に、既に何度かこのダムに行かれている引率の方の車に乗せていただいて、今日お世話になる山梨県職員の方と合流します。そこから職員の方の車に乗り換えて現場に向かいます。公務員の方が日曜にこんな素人のために対応してくれるなんてなかなかあったもんじゃありません。「今日お休みじゃないんですか」「えーと、まぁ休みだけど気にしないで。いいのいいの、せっかく来てくれたんだから。ハハハハ」恐縮です。

山梨市駅前の像

山梨市駅前の像は梨を持っているのかと思いきや桃でした。山梨だから梨という発想がヘボすぎました

琴川ダムは山梨市街から約15km北(位置情報系のサービスでは+35° 48' 05", +138° 39' 29"あたりを検索)にあり、洪水調節・水道用水の確保・発電などに利用される多目的ダムです。市街地から車で30分くらいの距離ということで、「山の天気は変わりやすい」なんて言うほど山の中だとは思っていなかったのですが、ダムがあるのは標高1464m(天端部)、移動距離は短いものの、市街地からは一気に1000m近く高度が上がっていることになります。外は肌寒いくらいで、山あいにはガスが垂れ込めています。耳もツンとしてきて、こりゃ正真正銘の山ですよ。

それもそのはず、琴川ダムは国内の多目的ダムとしては最も高い標高に位置するのだそうで、これより高いところにあるダムは発電専用ダムくらいということです。あの黒部ダムの天端標高が1454mなのでそれよりも高い。冬には最低気温がマイナス20℃くらいまで下がることもあり、コンクリートが凍ってしまうので、12月〜4月ごろはコンクリートの打設作業(プロは"コンクリートを打つ"と言いますが)が行えないということです。

現場に到着して、解説役として施工担当JV(企業共同体)の方にも同行いただきます。特に聞きはしなかったのですがこの方も現場の広範囲を見るそれなりの役職の方の模様で、日曜にすいません。というか逆に平日だったら工事が忙しくて見学どころじゃないのでしょうが……。工事事務所にて、土木系見学の正装であるヘルメットと軍手をお借りして、ダム周辺が見渡せる高台へ。関係者以外立ち入り禁止のゲートが開くと、いやおうなしに興奮が高まります。

県章入りのヘルメット

県章入りのヘルメットがマニア心をくすぐります

立ち入り禁止 立ち入り禁止が開いた

立ち入り禁止が開くだけで大興奮

奥のビニールハウスみたいなのは、近くに植生しているモウセンゴケに砂ホコリなどがかからないようにするためのカバー

が、先ほどから濃くなってきたガスのせいで一寸先はひたすらに白。ガケの下にはダム提体と貯水後水没する地域が広がっているはずなのですが、眼前には我々を誘うように乳白色の空間が広がるばかりです。代わりに晴天時に撮影した写真を見せていただき、ダムの目的や構造などについて説明を聞きます。「待っていてもガスったままみたいなので、ダムの下のほうに行きましょうか」といって次の地点に向かったところ、その途中に突然霧が晴れ、あと5分待っていれば上からダム全体が見渡せたのに……という後悔も山の天気のお約束通りです。

ガスで何も見えない 晴天時に撮影した写真

実にいいながめだ

晴れているとこう見えます。すでに堤体はほとんど完成しているので、クレーンはもう撤去されています

整備中の遊歩道にあったテーブル

ダム周辺は遊歩道として整備中。ダムとは全然関係ないですが、こういうテーブルにも出来合いのものがあるんですね。コトブキ

今度は、ダムの運用が始まったら湖に沈んでしまう場所へと降りていきます。提体中央の一番下のところからはザーザーと大きな音がしていて、見てみると、ダムを貫く小さな水路の中を上流側から下流側へ向かって水が流れています。この水路は建設途中に川の水を通すためのもので、ダムが完成したらふさいでしまうということです。琴川ダムはそんなに大きなダムではないので(といっても決して小さくはなく十分迫力はあるのですが)、このような形で対応したようですが、さらに大きなダムの場合には建設前に水を通すための専用のトンネルを作る場合もあるようです。

堤体中央下部 堤体中央下部の穴

堤体中央下部の穴に向かって水が流れていきます

この穴を通じて元々あった川を流し、下流が枯れるのを防いでいます

ダムマニアがダムを見るときには注目ポイントがいくつかあり、そのひとつが「洪水吐」ということです。洪水吐と書いて「コーズイバキ」(コーズイバケとも)と読むそうです。ふつうの人はなかなか「バキ」とは読めないので、「洪水吐き」と送りがなを付けることも多いようです。でこの洪水バキ、早い話が貯めた水を放流するための口の部分なのですが、琴川ダムには口を開け閉めする水門が見あたりません。これから付けるのかと思って聞いてみると、このダムは水門を付けないんだそうです。提体上部には常用洪水吐として高さ6.5m×幅2.5mのスリットが設けられ、平常時の水位である「常時満水位」を超えた分の水はこのスリットから流れて水位を維持します。大洪水が発生してスリットからの放流では間に合わず、水位がさらに上昇すると、非常用洪水吐として最上部に広く開けられた4つの口から大きな水が流れるというわけです。

堤体全景

上の方が大きく広がっているので雄大に見えます。4門ある非常用洪水吐のうち、一番左に設けられているスリットが常用洪水吐。さらにその左側にあるのが取水塔

水門を付けない理由としては、水門とそれを開閉する設備が不要なので構造が簡素になるというメリットが第一に挙げられます。ただもうひとつの理由として、水門のあるダムでその開閉を行う場合、誰かがゲートオープンのゴーサインを出さなければいけないので、仮に放流が原因で下流に水害が起こってしまった場合には誰かがその判断の大責任を追わなければいけないわけで、だったら最初に決めた通りに勝手に水が流れるようにしましょうということで、最近のダムは水門を付けないことが多いようなのです。といっても、非常用洪水吐を使わなければ対応できないほどの洪水は、統計的にはおよそ80年に1度の発生率ということで、そんなときはどうやっても多かれ少なかれ何らの被害が出るような気はします。

洪水吐のとなりにある縦に長い構造物は取水塔で、縦に長く口が開いています。これだけ縦に長いのは、どの水深の水を取水するかを選択できるようにするためで、上流の水温にできるだけ近い水温の水を取水するように運用するのだそうです。なるべく生態系に影響を与えないようにするためということですが、それでも季節によっては4℃程度の温度差が発生する場合があるそうです。ちなみに、ダム湖に貯まっている間に水温は上昇するので、温度差は下流側が高くなる形で発生します。

晴天時に撮影した写真 ガスで何も見えない

温度を選ぶために異なる水深から取水できるよう、縦に長くなっています

取水塔側面には水温計と濁度計

今度は天端に上がってダムを北東側から南西側へ横断します。下のほうを見下ろしてみますが、高い柵や手すりなどがまだできておらず、ヘリの部分がちょっと低めなのでかなり怖いです。いま思い出しても足がすくみます。このダムは着工以来無事故を継続しているということなので、こんなときに見学者が事故を起こしてしまったら台無しです。ちなみに下流側の傾斜は高さ1に対して幅0.75の直角三角形ですが、実際に目の当たりにすると傾斜というよりはほとんど落下のような感じがします。で、その傾斜部分の途中に仮設の作業用歩道(いわゆる「キャットウォーク」)が渡してあるのですが、あと1週間ほどでこの歩道は撤去されてしまうということです。既に撤去は一部始まっていて、先端は手すりも何もなくスパッと切れていて、ボーッと歩いていたら(そんな人いませんが)そのまま奈落の底です……え、後でそこ歩けるんですか。

晴天時に撮影した写真 ガスで何も見えない

天端に上がってきました。また霧が濃くなりつつあります

天端から見た上流側。今後ダム湖になり水没する部分です。木が刈ってあるところまで水が貯まります

晴天時に撮影した写真 ガスで何も見えない

天端から見た下流側越流部。水位が上がるとここを水が流れます。途中を横切っている赤い廊下がいわゆるキャットウォークですが、撤去が始まっているようで左端は手すりもないまま終わっています

ほぼ真上から見た常用洪水吐。その奥、地面にある正方形のコンクリートはかつてクレーンが建っていた場所です

晴天時に撮影した写真

天端の先にトンネルがあったので入ってみましょう

晴天時に撮影した写真 ガスで何も見えない

このトンネルは、水漏れを防ぐため地下にコンクリートを注入する作業(グラウチング)のために作られています。ダムの左右にはよく見られるものということで、いわば地面の中にある「見えないダム」の部分

トンネルの一番奥で何か見つけた人たち

晴天時に撮影した写真

「開けていいよ」と言われたので宝箱を開けると、出てきたのはボーリング試料。1mごとに切られて一箱に5m分が入っていました。ダム工事ではこんな箱が何百箱も生まれ、保守のための資料として保管されるということです

晴天時に撮影した写真 ガスで何も見えない

下流側堤体の端にある階段を下りていきます。これまでダムを見ていて一度歩いてみたかった場所です

そしてこれがキャットウォーク。えー、本当に我々がここを歩いていいんでしょうか

というわけでキャットウォークへ足を踏み出しますが、落ちるわけないと分かっていても思わず屁っ放り腰になります。高いところ自体は平気なので、展望台とかはまったく大丈夫なのですが、落ちる様子がリアルに想像できる状況になるとそんなに高くなくてもかなりビビリます。それでもかなり間近に見える非常用洪水吐を十分に堪能。この歩道は間もなく無くなってしまうので、いかなるチャンスがあってもこれが最初で最後の体験となりました。

晴天時に撮影した写真 ガスで何も見えない

「ここ何人も乗って歩いていいんですか」「いえ」「えっ」(本当はちゃんと作ってあります)

この至近距離で非常用洪水吐を満喫できる二度とない幸せ!

晴天時に撮影した写真

ちなみにこうやって撮るとすごい怖い絵になります

最後に、堤体内部の監査廊を通って元の場所へ戻ります。といっても、監査廊はダムの形に沿って、下り階段→廊下→上り階段で構成されており、ビル10階分くらいの高さを下り上りするので、運動不足の私などはヒザが爆笑です。将来はちゃんとエレベーターが付くのですが、いまはまだエレベーター用のシャフトが通っているだけです。ダム最下部の廊下には、ダムがどれくらい傾いているかを測定する装置を置く場所が用意されていました。満水位まで水が貯まると、堤体は水に押されて2cmほど下流側に傾くのだとか。

晴天時に撮影した写真 晴天時に撮影した写真

監査廊の入口。いよいよダムの核心(?)に迫ります

監査廊に入ったところ。いきなり果てしない下り階段です。「必ず両手をフリーにして歩いてください」と言われる

晴天時に撮影した写真 晴天時に撮影した写真

まだエレベーターが設置されていないエレベーターシャフトの底から真上を見上げます。はるか上に見える光が50mほど上の天端

ダムの傾斜を測定する装置を置く場所。仕組みとしては上からおもりをつるして測るようなもののようです。参加者からは「上を押しながらジャンプすると入れるのでは」という冗談も

晴天時に撮影した写真 ガスで何も見えない

監査廊を通り元の場所へ。管理事務所はロビーが広報施設として開放される予定。2階にはダムを制御するコンピューターほかさまざまな機器が置かれるということです

ダムを制御する機器などに電力を供給する配電室。600Aのブレーカーなどちょっとめずらしいものも見られました。装置がブーンと低い音を立てるので、この部屋の壁は防音壁になっています。夜に気味悪い音が聞こえてきたら宿直職員は怖いですからね

というわけでたっぷり4時間以上をかけて琴川ダムのすべてを見せていただきました。本当に文字通りすべてと言っていいくらいで、私もダムをいくつか見に行ったことはあるものの、建築物の鑑賞という面からも、知的好奇心の充足という面からも、こんなに満足できる見学は初めてでした。実際のところ、いま公共事業としてのダムを取り巻く状況にはかなり厳しいものがあって、この琴川ダムも正直微妙な感じがしないでもないのですが、それはさておいて、日曜日をつぶして大変丁寧に説明にあたっていただいた職員の方にはあらためて敬服。職務にしっかりとした自信と誇りを持っておられるからこそ、ここまでしていただけるのでしょうね。

琴川ダム

帰りには美しい富士山も見えました。どちらが表でどちらが裏かというのは山梨vs静岡の悠久の戦いです

帰りは普通電車に乗って、細かくケチるため高尾から安い京王線に乗り換えて帰京。途中高田馬場で夕飯を食べ、久々にファミリーマート高田馬場四丁目店へ立ち寄ってみるとホッピーの取り扱いをやめていて断腸の思い。

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